スリランカ紀行(1)戒厳令という手洗い洗礼を受ける

 

スリランカ

 

インド南部の右端に浮かぶ小さな島国。
かつてはイギリスに支配された紅茶の産地。

一方で、あまり知られていないが、かなりの親日国。
日本から多額のODAが入り、現地で働く日系企業&日本人の評判も上々。
敗戦後、当時のスリランカ大統領が、日本の国際社会復帰を積極的に支援してくれたの有名なハナシ。

 

さて、

なぜ、スリランカに行ったのか?
きっかけはサーファーの友人の一言。

 

スリランカにもインドのゴアのようなビーチがあるんだ

 

その名はヒッカドゥア

 

当時、アジアン・リゾーターを自負していた私にとって、理由はこれだけで十分でした。

そして、2005年の8月、スリランカに旅立ったのです。

 

成田からスリランカの首都コロンボまで、直行便で約9時間。

いきなりの3時間遅延という洗礼もあって、コロンボに到着したのが、深夜0時前。

しかも、ヒッカドゥアはコロンボから車で約3時間。

 

少し憂鬱…というか、かなり憂鬱…

 

それでも、長時間フライトで疲れた体をなんとか引きづり空港の外へ出る。

 

何か異様な雰囲気

ピリっと張りつめた感じ

 

周りにいる現地人も心なしか堅い表情。

待たせていた運転手と合流。

 

ゴメンなさい、飛行機が遅れて…
何かあったんっですか?

 

さっき外務大臣がコロンボで暗殺されたんです。


2005年8月13日、ハイ、私が到着した日です。

 

 

だから、いまは戒厳令が敷かれています。

 

かっ、戒厳令?

 

英語ではmartial lawということを、この時覚えました。

 

戒厳令とは、

一時的に統治権を軍隊に移行すること。通常の市民の権利も制限を受ける。本来は戦時・災害時などで通常の統治機構が機能しなくなった時に発動される。

Source: http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%FC%B8%B7%CE%E1

↑は、タイで戒厳令が敷かれた時の写真

 

まさか、この近代社会で、戒厳令を経験することになるとは思いませんでした。

しかも、旅行初日。

一方で、運転手は慣れた感じ。
当時、スリランカはまだ内戦の最中であったため、それほど珍しいことではなかったらしいのです。

※内戦はスリランカの北部や東部が中心で、南部は安全と言われていました。

 

それでも、ヒッカドゥアまでは、コロンボの中心部を通過する必要があるとのことで、気の重いドライブとなりました。

 

外務大臣暗殺
戒厳令
初めて訪れる国
深夜のドライブ
暗殺のあったコロンボを通過

 

結果として、何のトラブルもありませんでしたが、あの張りつめた緊張感は忘れられませんね。

 

コロンボを抜けると、この運転手、飛ばす、飛ばす。

 

他のアジア諸国のドライバーよろしく、前の車を追い抜かないと気が済まないスリランカ人ドライバー。

これなら、かなり早く到着するかも、と思って運転手に聞くと、

 

この調子で走って3時間だよ。

 

無言(呆)…

 

ほぼ予定通りにホテルに到着。

こんな田舎に深夜3時に到着する客などいない。

不機嫌さを隠そうともしないスタッフとチェックインの手続きを終え、その夜は泥のように眠りました。

 

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